大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)138号 判決

判決理由〔抄録〕

次いで本件事故の発生が、所論のように車掌山下清市の過失に基因し、被告人には全く関係のないものであるかどうかの点については、先づ第一に原判決挙示の検証調書並に之に添付の写真によると、本件現場に至る道路は比較的真すぐな幅員約五、二米の平坦な道路であるが、事故現場に至って急角度(右折約七十度)に屈曲し、右側曲り角附近には右前方道路の見透しを幾分妨げる程度に一箇所に古板を大量に積み重ねてあり、左側曲り角あたりの箇所から左側道路端に数本の電柱が若干の間隔をおいて立ち並んでおり、その道路端に沿って幅員約五米の用水路があり、更に原判決挙示の証拠によると道路は前夜来の雨のため湿潤の状態にあったことが認められ、被告人操縦の乗合自動車は入口の「ドアー」は閉じることが出来ない程満員であり、たとえ被告人は「ドアー」の閉鎖が出来なかったことについての認識がなかったとしても少くとも超満員であったことについての認識は有していたと推認することが出来ることなどの諸点から考察すると、かような乗合自動車を操縦して前記のような屈曲地点に差しかかった際には警笛を鳴らし、見透しのきかない右前方道路に来ているかも知れない通行人などに警告し、殊に乗合自動車は超満員で、その道路は湿潤の状態であったとすれば、必然的に自動車操縦の自由は制限せられ、右前方に回転の際前方から来る通行人に衝突の危険もさること乍ら右折転回の時機を誤れば左側電柱に突き当るか、又は用水路に転落するの危険、更に又若し自動車を右に急転回でもすることがあれば満員の乗客が車中に於て転倒したりすることのあるはもとより、若し万一入口の「ドアー」が開放されたままである場合には入口附近に立つ乗客が車外に振り落される危険のあることなどは、苟も乗合自動車の運転に従事している者は当然に予測し得べきものであることは日常の経験に照して顕著であるといえよう。況んや被告人は前に説示したように出発前同僚その他の者から被告人の自動車操縦を危ぶまれ、他人との交代を勧められた程飲酒酩酊していた者である。酒に酔って自動車を操縦することは道路交通取締法に於て無謀な操縦として、かたく禁ずるところでもあり、(同法第七条第三号)事実に於ても亦酩酊が自動車の安全なる操縦に危険を及ぼす虞のあることは顕著であるから、かかる場合には運転者は右に挙げた諸点について格段の注意を払い、速度を緩め前方より来る通行人などに対してはもとより、車内の乗客に対しても危険を及ぼす虞のないよう万全の態度を整え、最も安全なる道路上の位置を選んで「ハンドル」を右に切って方向転回をなすべきであることは乗合自動車運転者にかせられた業務上当然な注意義務に属するものと解するを相当とする。

然るに被告人は前記のように同僚その他の者の勧告にも応ぜず、飲酒酩酊のまま乗合自動車を操縦して出発し、乗客は漸次増加して満員となり、「ドアー」は閉ざすことが出来ないような状態となっていたにも拘らず、これについて少しの関心をも払うことなく、前記屈曲点に達したのであるが、警笛を鳴らし、速度を緩めるなど同地点に於て安全に右に転回するについて前に説示したような業務上当然尽さなければならない注意義務を怠り、漫然として何等施すところなく進行していたため、右前方から歩行して来た少女を突如として認め、之を避けるため平素方向転回をしていた地点に於ては右に「ハンドル」を切ることが出来ずして、その地点を行過ぎた後、方向転回の措置を講じようとしたが意の如くならず、此の時左側曲り角の道路端に立っている電柱に衝突せんとしたので急に「ハンドル」を右に切った為次の電柱に激突せしめて停車したものであるが、時既に遅く、被告人が急角度に右に「ハンドル」を切った際その遠心力によって開放されていた入口から車掌山下清市を初めとし乗客数名を車外に振り落し、原判示のように乗客を即死せしめたり重傷を蒙らしめたりなどしたものであるから被告人の業務上過失を認めるに十分なものがある。

次に、乗合自動車の運転者と車掌とは夫々別個独立の職種であって、「ドアー」の閉鎖などは車掌の任務である。本件事故は車掌山下清市が「ドアー」を閉鎖することを怠ったが為に惹起されたものであるから被告人には責任がないとの所論についてであるが、成る程乗合自動車の運転者は自動車を運転したり、自動車の故障の有無を調べたり、前方や後方に対する安全を確認するなど運転者本来の任務を有しているので、これらの点について専念せしむべきであって、乗合自動車の入口の「ドアー」の開閉、乗客の乗降、車内に於ける人や物の整理、乗車券の点検、自動車の発車用意の完了又は停車の要否の合図などはすべて車掌の任務とされていることは洵に所論の通りである。然し乍ら両者の職分は右の如く分れてはいるものの乗合自動車を運行するという営業目的から綜合して観察すると、乗合自動車を安全に運行することが第一の要件であって自動車の運行が一つにかかって運転者の責任に属する以上車掌は運転者のこの任務を補助することを主たる職分とするに過ぎないものであって、所論の如く別個独立の分業的に対立する職種であるとは解されない。従って両者は乗合自動車を安全に運行するという営業目的にしたがって相倚り相扶けて自動車の運行の安全を図るべき任務を有しているものであるから、乗客の乗降、「ドアー」の開閉についても運転者だからとて之に無関心たることは許されない。万一危険があると思料されるときは直に車掌に注意を促し、又は自ら危険除去に努めねばならない。例えば運転者が右前方に急転回せんとするときは遠心力によって乗客が転倒される危険があり、又万一「ドアー」が開放されている場合には入口に立つ車掌や乗客が車外に振り落される危険もあるわけであるから運転者はこれらの点についても充分配意して危険のないよう能う限り徐々に右転回の目的を達するようにし、又車掌は、このような場合には運転者の動作に応じ右の危険を避けるため「ドアー」を固く閉鎖し、乗客に対しては廻転警告をするなど相互に協力して乗客の安全を図るべき業務上の注意義務があるというべきである。本件の場合「ドアー」を開放したまま進行したことはもとより車掌山下清市の任務懈怠であって、この懈怠がなかったならば、本件事故は惹起されなかったとの所論は一応首肯し得るところではあるが、然し又運転者たる被告人に於ても入口の「ドアー」の開放が前記のような危険を生ずることについては当然に予測し得るところであるのに、これについては少しも顧慮するところなく前段説示の屈曲地点に於て、運転者として守らねばならない注意義務を怠り操縦を誤ったがため、開放されていた入口から車掌や乗客を車外に振り落すという大事故を起したものであるから、一方車掌山下清市が「ドアー」を開放していたという過失もさることながら、他方被告人の操縦上の過失がなかったならば、本件事故は起らなかったとも言い得るところであるから、本件事故は被告人と右山下車掌との両者の過失が相重なった結果によるもので、所謂両者の過失の競合した結果と解することが出来るから、所論のように山下車掌に過失があるの故を以て被告人を免責するの事由とはなし得ない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!